5期生 全活動 

活動概要
いろいろなことをしました。概要という一言で表すのは難しいですが、五期生は最高の集団でした。いつも笑っていたような気がします。人任せにせず、自分がやろうという意識が全員にありました。おかげでゼミ長は楽でした。感謝しています。ありがとう。       


2003.11 ゼミ入室試験。
面接と作文。作文のお題は「私とテレビ」。試験は研究室で行われ、19名の中から13名選出(男7.女6)この日から五期生スタート。

2003.12  新歓コンパ。
先輩方と対面。先生は陽気にビールを飲んでいた。親交を深める。

2004.01 年明けて、はい、おめでとうございます。
早速、恒例の冬合宿in軽井沢。多分セミナーハウスはここが一番綺麗。雪降りしきる中サッカーをして竹澤沈没。1期生からの映像作品を観て感想を書く。飲み会は食堂で行われ、景子の酔いっぷりに驚く。いくは潰れていました。ピンポンダッシュをしたこともいい思い出です。最終日の朝、ゼミ長、副ゼミ長発表。何を判断されたか「強さを感じる」の一言で、ゼミ長は決められました。「頑張ります」と力のない挨拶。家に着くと強力な竹澤菌が皆を襲い、僕はインフルエンザにかかりました。成人式行けず。恨む。。。

2004.04 そして、時は流れ3年生に。
授業開始。最初の授業で、2部のタイが一部に移る。14名になる。2部のゼミ長であったタイだが、一部のゼミ長変わらず。恨む。。。

2004.06メディアリテラシーの英文を読み進めると共に、フォーラム準備開始。
5期生は、映像に強い脩と眞人がいるため、今思えば、このころから「どうにかなるさ」という気持ちが心のどっかにあった。

2004.08 5期生だけの夏合宿in蓼科。
朝から晩まで勉強。山の麓まで酒と煙草を買いに行き大変なことも。夜は、各々が集めた資料を持ち寄り、フォーラムに向けて話し合う。二日目に飲みすぎたために帰りのバスでは、死亡。二日酔いだらけでした。でも星は綺麗でした。八月の後半には、横浜にある新聞博物館に行く。中華屋では、紹興酒を飲みすぎた小峯が壊れる。

2004.11 フォーラム発表。
何だかんだ早くから用意していたはずなのにカツカツに。文献は、班に別れ2週間ほどで仕上げる(アメリカとイラク戦争について)。問題は、映像(本の明日は〜出版界の未来)。編集はなんとか間に合ったが、テープに落とすことが上手くいかず、発表に間に合わず。向後ゼミ最大の危機。後日、日を改めて放映。なんとか無事に終了。波乱万丈でした。11月後半、六期生面接。27名の応募がある。朝から晩まで面接。六期生決定。新歓はお決まりの天狗。

2005.01 年明けて、はい、おめでとうございます。
恒例の冬合宿in山中湖。2,3,4、年が集まり、最後の晩餐。景色もよく、ここのセミナーハウスはようございました。

2005.4 四年生になる。
授業はメディアリテラシー。6月くらいから卒論発表始まる。各々卒論に向けて始動。

2005.12.6 ゼミラスト。
しかし全員集まらず。でもまあいいでしょう。合宿あるし。写真もとり最後までメディアリテラシーを叩き込まれました。 まあ、ざっとこんなところです。楽しかった。向後ゼミでよかった。もう1度ありがとう。


尾木和聡




活動年表
2003年
11月 向後ゼミナール5期生入室試験
1部・男子7名 女子6名、2部・男子3名 女子2名が入室決定。
12月12日 新歓コンパ(水道橋 天狗にて)
2004年
1 月6 日
  〜8 日
新歓合宿(軽井沢セミナーハウスにて)
雪の中、サッカーを行なったため、インフルエンザになった人が約2名いた。
2 月22日 3期生の卒業追いコン
4 月13日 5期生活動スタート
2部から男子1名、1部に。
1部・男子8名 女子6名、2部・男子2名 女子2名となる。


メディアリテラシーについて読み解く日々がつづく

6 月 映像、文献それぞれの企画会議を始める。
サブゼミなども積極的に行なう。
7 月13日 前期授業終了
7 月20日
  〜22日
夏季合宿(蓼科セミナーハウスにて)
真夜中までの企画会議、雨の中のテニス。色んな思い出が出来ました。
8 月 9日 ジャーナルリーグ
自称3位、真実は4位。
3位決定戦の途中で時間切れ。攻撃が一回少なかったことは、5期生の語り草となる。
8 月21日 横浜新聞博物館見学
帰りに中華で打ち上げ。先生が紹興酒でご機嫌に・・・
9 月14日 後期授業開始
9 月 映像、本格的に撮影を行なう。
10月 映像、編集を始める。
文献、本格的に執筆、編集。
11月 1日 法桜祭 学生フォーラム
映像作品、残念ながら間に合わず・・・
11月12日 映像作品発表会
11月23日 第一回向後ゼミナールOB総会(グリーンホテルにて)
12月14日 後期授業終了


-2004年の5期生の活動はこれで終了とします-




【HP管理を終えて】

2004年の初夏に前管理人の本間さんから受け継いでから、結局1年半以上も引継ぎを怠ってしまいました。
そのことは大いに反省していますが、この間にHPのリニューアルが出来たことはよかったです。

5期生の活動を遺すに辺り、私一人の言葉だけでなく、みんなの言葉を載せたいなと思いました。
何故なら、5期生はただのゼミ仲間でも友達でもなく、1つのことを共に取り組んだ同士であり、
そのかけがいのない日々を、少しでも正確に標しておきたいと考えたからです。

5期生の良いところ、それは一言で言うのはなかなか難しいですが、
ゼミ長も言ってる通り、自分がやろうという主体性がそれぞれにあって。
その個性の歯車が、うまく噛み合ったところにあると思います。
個人的には女性陣の押しが強いとみせかけて、男性陣が締めるところは締める・・・
そんなスタンスが好きで、いつも好き勝手にやらせてもらってたような気がします。
いつも自分勝手につき合ってくれて、ありがとう。


OB総会で色んな先輩と話して、どの方もうちの代が1番だろう!というようなことを言っていたように感じます。
私にとってはもちろん、5期生がNO.1です。
これからどこまで向後ゼミが続くかは、先生の頑張り次第だけど、
それぞれの代が1番と胸を張れるような、そんな向後ゼミであって欲しいと思います。
そしてその素晴らしい軌跡を、このHPの中でどんどん上書きしていってくれれば、これ以上嬉しいことはありません。


大学生活、ゼミに入って、みんなと出会えて楽しかったです。
いつかのOB総会で、思い出自慢をするウザい先輩になろうと思います。
本当にありがとう。

あとは菅井くんと6期生のみんなに任せた★



2006 1/5
 5期生HP管理  小峯寛子